世界の絶景温泉

世界の見知らぬ温泉を探して旅しています

A12 中国で出会った個室風呂①

 海外では、見知らぬ人との同浴を恥ずかしく思ったり、不潔と感じたりする人が多くいます。このため、個人や家族で貸切りできる個室風呂を備えた温泉施設が広く普及しています。日本でも九州、特に鹿児島県では個室風呂が発達しています。素朴でリーズナブルな個室から、専用の庭を眺めて浸かれる贅沢な個室まで、選択肢も豊富です。親子で一緒の浴室を独占できたり、身体の痛む配偶者を介護しながら入浴できたりといったメリットもあります。

 日本の場合、利用の都度、湯を入れ替えるという施設はそれほど多くありません。温泉に長く親しんできた日本人は「前の人と同じ湯だから不潔」という発想を持ちにくいからかもしれません。ただし、コロナ禍を経て、特に若い人たちの間では「温泉の大浴場を不潔」と感じる人が増えているそうなので、将来はどうなるかわかりません。

 海外の個室風呂では、利用の都度、湯を入れ替えるのがふつうです。他の人と一緒に入浴するのはイヤですし、前の人が浸かった湯は「不潔」なのです。中国には男女別の浴場と個室風呂の双方を備えた温泉施設が多くあります。個室風呂の広さ、形状、料金などは千差万別。まさに金次第といった感じでしょうか。筆者が中国で体験した印象的な個室風呂を紹介してみたいと思います。

(1) 棺桶のような狭い温泉

 雲南省の宜良県に温泉寺という名の寺があるのを知り、訪ねてみました。大きく聳える山門やお堂にはくっきりと「温泉寺」の文字。日本人には有難みが感じられます。近くにあるのが賈王(かおう)温泉。賈は中国人の姓の一つとのこと。共同浴場は温泉寺の二の門の右脇にありました。右側が男性用でしたので、ビニール製のカーテンをめくって中に入ると、蒸気が立ち込める中にタイル貼りの浴槽が1つ。みな素っ裸で入浴中ですし、蒸気で濛々として写真を撮るのが難しく、個室風呂を利用しました。ドアのない1畳半ほどの半個室の半分が浴槽です。あまりにも狭くて浅くて、寝返りを打つのが精いっぱいです。天井の薄汚れたタイルを見ながら入浴するしかありません。最も狭い個室風呂として記憶に残っています。

温泉寺の山門(左)とお堂(右)
共同浴場の門(左)と男女別浴室の入り口(右)
狭すぎる浴室(左)。中国の田舎では馬車がまだ現役(右)

(2) ツインベッドタイプの個室風呂

 同じく雲南省の宜良県で湯池温泉を訪ねました。省都の昆明に近く、そばにゴルフ場もあるため、かつては「接待温泉」として栄えたとのこと。歓楽地での違法行為が当局に摘発され、温泉街は一時かなり廃れたそうです。とはいえ、温泉そのものは素晴らしいようなので、入浴するために訪ねてみました。

 湯池温泉は明朝の嘉靖年代(1522-1566)に開発された歴史ある温泉で、元は火龍泉と呼ばれていました。町中には火龍井、熱水溝、仙人塘など、10を超える源泉があり、湯量が豊富なため、「湯池」の名が付いたそうです。日本ではもはや見かけることのないオート三輪や、牛の干し肉が軒先を飾る回教徒のホテルなど、町歩きも楽しめます。町の中央で露店が並ぶ場所に「南方天然温泉」があったので、入浴しようかと考えましたが、地元の人は別の施設を勧めます。軽食堂(小吃)や理髪店が並ぶ路地を抜け、さらに進むと「仙水塘沐浴楼」がありました。

 個室風呂は2つの浴槽が並ぶツインベッドタイプ。2人で来ても別浴です。湯の蛇口をひねると60℃の湯が勢いよく注ぎ、硫黄臭が部屋に満ちます。もう一つの蛇口は水かと思ったら、冷ました温泉水だそうで30℃前後。源泉のみを贅沢に使った個室風呂で、地元の人のお薦めに間違いはありませんでした。

オート三輪が行き交う町中(左)と懐かしさを感じさせる路地(右)
干し肉が並ぶ回教徒向けの宿(左)と露店の奥に建つ「南方天然温泉」(左)
シンプルな外観の仙水塘沐浴楼(左)はツインベッドタイプの浴室(右)

(3) もちろん快適な個室風呂もある

 旧満洲国の温泉を探して旅した際に、河北省承徳市隆化県の天域温泉に泊まりました。建物の脇に大きな池がありますが、山の清水に2割ほどの温泉水を混ぜて魚を養殖しているとのこと。個室風呂の浴槽は4人ほどが入れる大きさ。リニューアルしたばかりとあって真新しいタイル貼りで、嬉しい限りです。60℃以上の源泉をかけ流しで好きなだけ利用できます。一方、部屋は残念。ただ寝るためだけと割り切ります。隣室はおろか夜半まで食堂の騒音が響いていました。中国の宿は素泊まりが原則なので、朝ごはんは別に注文します。黍粥、ピーナツとキュウリと木耳のあえもの、ねぎ炒め、ゆで卵、漬物、これに分厚いパンがついて250円。とてもおいしく健康的な朝食です。

魚の養殖用に温泉を活用した大きな池(左)ときれいな個室風呂(右)
寝るためだけと割り切りが必要な部屋(左)とボリュームたっぷりでおいしい朝ごはん(右)

 帰り際、「源泉を見せてもらえないか」と尋ねると、「コンクリート製の蓋で封鎖してしまったので見られない」との返事。聞けば、前は蓋がなかったそうですが、「夜間に近隣の人がやってきて、勝手に鶏を茹でて羽をむしるので、湯が汚れてしまう。蓋をしても、どかして鶏を茹でてしまうので、完全に封鎖した」とのこと。中国を感じさせるエピソードに思わず笑ってしまいました。