世界の絶景温泉

世界の見知らぬ温泉を探して旅しています

B10 1990年の温泉巡り② ガイドブック・パンフレット・地図

 前回に続き、ネットもスマホもなかった時代の温泉探しの様子を紹介します。

 

1.JAF出版社の「車で行ける名湯・秘湯」

 前回紹介した美坂哲男氏の温泉本と並んで、とても役に立ったのがJAF出版社の「車で行ける名湯・秘湯」シリーズです。1989年から1990年にかけて初版が発行されたガイドブックで、「北海道」「東北」「東京から1泊2日」「関西・中部」「中国・四国」「九州」の6分冊でした。幹線道などを基準にエリアに分けられ、「諸国いで湯案内」と同じくらい数多くの温泉を詳しく紹介しています。

 白黒に赤を加えた二色刷り印刷で、写真は白黒ですが、JAF(日本自動車連盟)の出版とあって、道路地図がとても充実しています。「車で行ける」というタイトルなのに、本格的な登山が必要な「白馬鑓温泉」「阿曽原温泉」「法華院温泉」まで掲載されているのはビックリです。

 ただ、クレームがあったのかどうか知りませんが、年を経て、新しい版が出版されるごとに、車で行きにくい温泉や、一般向けでない小ぢんまりした温泉は除かれ、比較的有名な温泉が手厚く紹介されるようになって変わっていきました。このため、筆者はいつまでも初版を大事にしていました。

「車で行ける名湯・秘湯」東北編と中国・四国編の表紙。表紙写真も時代を感じさせます。

 

2.各都道府県のアンテナショップ

 東京には、銀座、有楽町、新宿、表参道などに各都道府県の華やかなアンテナショップがあり、各地の名産品などを販売してとてもにぎわっています。ただ、30~40年前には、鮮度の保持技術や輸送コストの問題もあり、アンテナショップなどはほとんどありませんでした。代わりに、東京駅の八重洲口近くのビルに多くの都道府県の事務所(出張所)がまとめて入居していました。人けのないビルで、事務所の方々も商売っ気はまったくありません。ただ、その都道府県の各市町村の紹介パンフレットが山積みになっていて、自由にもらえました。時間をかけて丹念にパンフレットをめくっていくと、聞いたことのない温泉に出会えたものです。大きなカバンを肩にかけてビル内を巡り、カバンがいっぱいになるほどの資料をもらって帰ったのも懐かしい思い出です。

 

3.神田の書肆(しょし)アクセス

 神田の古書店街に「書肆アクセス」という書店がありました。地方・小出版流通センターのアンテナショップで、全国の地方出版社の書籍を扱うオンリーワンの書店でした。ネットで本が簡単に見つかる時代ではなかったので、ここで貴重な温泉ガイドブックを発見して狂喜したことが何度もあります。筆者は足しげく通いましたが、時代の波には逆らえず、2007年に惜しまれつつ閉店しました。

 この書店を愛した人は多く、「書肆アクセスという本屋があった: 神保町すずらん通り1976-2007(「書肆アクセスの本」をつくる会、2007年)」「書肆アクセス半畳記(無明舎出版、2002年)」など、この書店を扱った書籍が発行されています。

 また、実際に各地を旅行した際には、県庁所在地の大きな書店に立ち寄り、地元の出版社の温泉関係の本がないかどうかを探すのも常でした。

 以下、各地の出版社が当時発売していたローカルな温泉ガイドの一部の例を紹介します。

左:① ひょうご・北近畿の温泉ガイド(神戸新聞総合出版センター、1996)
右:② 150の湯けむり巡り 新潟のいで湯(新潟日報事業社、1993)
左:③ 青森県名湯70選 いで湯めぐり改訂版 (グラフ青森社、1992年)
右:④ 北海道の露天風呂(北海道新聞社、1987年)

 上記の④はその後、温泉教授の名で全国的に知られるようになった松田忠徳先生の初期の著作です。全国的には無名だった北海道の野湯を数多く紹介した貴重な本で、書店で手に取ったときは、驚きと感動で思わず手が震えました。

松田氏の本がきっかけで北海道の野湯が全国に知られるようになった
(左:岩間温泉、右:薫別温泉)

 

4.県別マップルと国土地理院の地図

 車での温泉巡りには地図が必要ですが、マイナーな温泉探しには詳細な地図が不可欠です。地図で有名な昭文社が1992年から刊行した「県別マップル」は、それまでとレベルが違う便利な地図でした。道路や人口の密集度に応じて15,000分の1から60,000分の1程度の縮尺で描かれた地図はわかりやすく、温泉名もふんだんに記されています。カーナビもない時代ですから、温泉を線で結び、効率的なルートをじっくりと考えてから旅行に出発したものです。この地図のおかげで事前の準備の大変さは大幅に軽減し、車での温泉旅の計画を一変させました。その後の市町村合併などで、地図情報が随分と古くなってしまいましたが、思い入れのある書き込みが無数にあり、開くと当時の思い出がよみがえるため、捨てることができません。

 なお、山奥の温泉や山歩きが必要な温泉については、国土地理院発行の25,000分の1地図が必携でした。大きな書店の地図コーナーに巨大な引き出しがあり、全国の各地域の地図が、収納されています。それを引っ張り出しては、行きたい温泉が載っているかどうかを確認し、あれば購入するというのもよくあることでした。コンパス(方位磁針)と地形図から方向を誤らないように山道を進むスキルは当時の温泉巡りに欠かせないものでした。

車による温泉旅の計画の大変さを一変させた「県別マップル」 大分県の表紙と裏表紙

 

5.電話帳(ハローページ)

 今は個人情報保護意識が強く、電話帳に氏名や電話番号を掲載する人は少なくなっていますが、当時は普通に電話帳で個人の電話番号が検索できました。住所と名前がわかっているなら、NTTの番号案内サービスに電話を掛けると、電話番号を教えてくれるという時代でした。

 筆者が大学に入学して渡された名簿には、卒業した高校名から実家の住所、電話番号まで掲載されていましたが、当時は特に違和感を持ちませんでした。話が脱線しましたが、旅行先を訪れて、宿に泊まった際、電話帳を借りて、部屋で温泉旅館のページを調べ、聞いたことのない宿の番号を控えるという作業を繰り返していました。翌日に電話をかけて「温泉があるのかどうか」「入浴できるかどうか」を確認するのです。まるで、刑事ドラマの聞き込みのような地道な捜査で、未知の温泉を探したものでした。

 

 以上、2回に渡って、1990年ごろの温泉探しの実情を紹介しました。若い人には思いもよらない面倒くさい方法でしょうし、同世代の温泉マニアの方には懐かしく思っていただけたのではないかと思います(ただ、共感してくれるのは筋金入りのマニアだけかもしれませんね)。