世界の絶景温泉

世界の見知らぬ温泉を探して旅しています

A14 中国で出会った個室風呂③

 過去の写真をチェックしたところ、いろいろと見つかったので、もう一回だけ中国の個室風呂を紹介します。今回は東北部の遼寧省の温泉が中心です。

 

(1) 「相席あり」の個室風呂

 遼寧省丹東市。鴨緑江越しに北朝鮮と面した「国境」の市で、ニュースなどで時折話題になります。中国の行政区分では、小さな市(県級市)は大きな市に属します。ここで紹介するのは丹東市の東港市にある椅圈温泉。立派な温泉宿もありますが、温泉療養院にユニークな個室風呂がありました。正確には療養院脇の名もなき浴場です。平屋建ての長屋のような施設で、入口には「27種類の元素を含む71℃の温泉で、仙水の名がある」と紹介されています。通路に沿って並ぶ個室風呂の一つに案内されると、個人用の浴槽が4つ並んでいました。家族やグループで貸し切り利用することも可能ですが、混雑時の一人利用は「相席」になる場合があるとのことです。

 源泉を加水せずに冷ましているそうで、湯はかなり熱め。注目すべきはその泉質です。部屋に入った途端、磯の香りのような臭素のニオイが立ち込めています。はっきりとした塩味も感じられます。単純泉の多い遼寧省の中ではとても印象に残る温泉でした。

左:鴨緑江をまたぐ橋の向こうは北朝鮮
右:温泉療養院脇の日帰り浴場
左:4つの一人用浴槽が並ぶ椅圈温泉の個室風呂
右:近くの丹陽温泉生態園の源泉井戸。高温だが、柵などはない

(2) ビニールシートで清潔さをアピール

 同じく遼寧省の興城市。葫芦島市に属する県級市です。興城は温泉よりも、明代の古城が今に伝わる街として有名です。古城といっても日本の城のように天守閣や御殿はありません。中国で古城と言えば、四周を囲む城壁と城門を備えた城下町を指しますが、興城はほぼ完全な形で残っています。広大な中国でも、他に、西安、南京、平遥の3つのみと言われるほど貴重な町です。

左:古城内から城門方面を臨む。左奥は首山
右:城壁の上から古城を臨む。奥に見える塔は城門の一つ

 興城は東北軍閥の張作霖と関わりが深い温泉としても知られています。張作霖は1920年に別荘を建設し、その後、向かいに鉄道療養院を併設しました。現在は、露天の岩風呂や温泉プールを備えた遊泳館など、入浴できる施設がいくつもありますが、旧別荘の隣に建つ「源泉温泉洗浴」を訪れました。中国では珍しい「源泉」の二文字に惹かれたからです。その名の通り、源泉をそのまま引いた施設で、玄関前に温泉の成分表が掲げられています。1階の男女別大浴場は裸で入浴します。格安ですが、湯気が立ち込めて浴室内がよく見えません。源泉の質を確認し、浴室の写真を撮りたかったので、個室風呂を選ぶと2階の小部屋に通されました。1人用のポリ浴槽の隣に青いマッサージ台があるだけのシンプルで味気ない部屋です。利用客ごとに新しいビニールシートを浴槽に張って、湯を溜めます。衛生面での配慮をアピールするもので、中国では時折出会います(田舎ではスプーン、箸、茶碗をビニール袋でパウチした一式がテーブルに置かれていることがあります。これも清潔さをアピールする試みです)。

 無色透明ですが塩味が強く、洋風スープのようなうまみを感じます。満洲国時代の日本人の記録にも、「弱食塩泉で、飲んでみるとすこぶるうまい」と記されています。遼寧省は無味無臭の単純泉が多い中で、椅圈温泉と並ぶ特徴的な泉質でした。なお、中国の個室風呂は窓がないところが多いのですが、ここは窓外の正面に首山が見える点でも珍しく、記憶に残っています。

左:張作霖ゆかりの療養院は今も現役
右:「源泉」の二文字が嬉しい日帰り浴場
左:中国には珍しく成分表が掲示されている
右:ビニールシートを敷いた個室風呂。

(3) 豪華で清潔な個室風呂?

 ビニールシート浴槽の例をもう一つ紹介します。遼寧省ではありませんが、広東省恵州市の馬星温泉です。お目当ての共同浴場はなくなっていたのですが、近くのホテルで入浴可能と聞きました。ベッドの付いた客室の温泉を利用できます。大きめのポリ浴槽に湯を溜めるのですが、目の前でビニールシートを敷くパフォーマンスつきです。「これほどまでに衛生に配慮した施設である」とのアピールです。

 ただ、浴槽に浸かると、ビニールシートの襞がゴワゴワしていてあまり快適ではありません。また、ホテルの客室風呂なので、脇に洋式トイレがあり、それを眺めての入浴になります。窓がない浴室を見慣れているとはいえ、さすがにちょっと残念です。

左:同じくビニールシートを敷いた個室風呂
右:カメラを引くと、トイレと洗面台が映る

 もう一つは遼寧省鞍山市岫岩満族自治県の溝湯温泉。翡翠(硬玉)に似た岫岩玉(軟玉)の産地として知られています。ひなびた村の外れに豪華な温泉ホテルが開業しました。打って変わって、緑色の石の浴槽を備えた立派な客室が自慢の宿です。露天風呂やプールなどを備えた豪華宿で、中国の発達に伴い、このような温泉施設が増えていくものと思われます。私が日本人と知るや、支配人が館内を直接案内してくれて、日本人へのPRを頼まれました。

左:村の外れに突如建設された中国玉都 溝湯温泉の門
右:客室風呂も豪華。このようなタイプの温泉施設が増加中

(4) おわりに

 三回に渡って中国の個室風呂を紹介しましたが、いずれもコロナ禍の前に訪れた温泉です。2023年11月現在、日本人が観光目的で中国を訪れる際の「ノービザ入国」は再開されていません。再開されれば、訪れてみたい温泉はあるのですが、いつになるかわかりません。

 中国の温泉開発のスピードはとても速く、驚かされることがあります。私の経験だけでも、次のようなことがありました。① ひなびたよい共同浴場があった場所を再訪したら、立派な温泉宿が建ち、共同浴場はなくなっていた、② 二年続けて河北省北部の温泉を訪ねたところ、経営者が変わり、別の温泉施設になっていて、さらに二年後に再々訪したら廃業していた、③ 国際的な会議が開催される大型の温泉宿が老人ホームになっていた。

 中国語のウェブサイトを検索すると、新しい施設、大型の施設に関する情報は多いのですが、小規模な民宿風の宿やオンボロ公共浴場などの情報はほとんど見つかりません。また、コロナ禍で急遽、多くの患者を収容する施設へ転用されてしまった施設も少なくないと言います。紹介した温泉の現状は、大きく異なる可能性がありますので、ご了承ください。