一枚の写真に目を奪われ、「ここへ行きたい」と強く思うことがあります。今から約40年前の学生時代、五島列島の大瀬崎灯台、阿蘇の草千里、能登半島の軍艦島、知床のカムイワッカの湯滝などの写真を見て、「ここへ行きたい」と思ったのが、筆者の旅の原点です。その思いは今も変わりません。インパクトのある国内外の温泉写真を見つけては、「ここへ行ってみたい」と思い立ち、旅を続けてきました。
そんな温泉ばかりを集めた拙著「ほぼ本邦初紹介!世界の絶景温泉」に収録した温泉の中からいくつかの「温泉宿」を選んで、豊富な写真とともに詳しく紹介していきたいと思います。
今回は南米チリのジャンカウェ温泉です。地球が丸く見えるような南半球のパタゴニア地方の湾内に温泉プールが突き出しています。水色にペイントされたプール型の露天風呂は趣に欠けるものの、あまりの絶景に心を惹かれました。調べてみると、チリには「行ってみたい」と思う温泉が10以上も見つかります。日本から遠く、なかなか行きにくいエリアですが、一念発起してチリ旅行に出発しました。
それにしてもチリは遠いです。アメリカ国内で乗り継ぎ、チリの首都サンティアゴで国内線に乗り継ぎ、チリ南部の拠点都市プエルトモン(プエルトモント)まで30時間以上かかります。ここで車を借りて約3時間のオルノピレンから宿の送迎ボートで30分です。プエルトモンからオルノピレンまでは路線バスもあります。
ジャンカウェ温泉はジャンカウェ島という離島にある一軒宿。船でしか行けません。島の裏側まで確認したわけではありませんが、筆者が見た限り、斜面に建つ温泉宿以外の住居はないようでした。この日はまさに快晴。波もなく穏やかな海をボートで進みます。訪ねたのは12月初旬。北半球でいえば、6月初めに相当しますが、パタゴニア地方の山々はまだ雪を頂いていました。湾内に位置し、潮位の変動が大きいため、波止場は浮島になっていました。ふわふわする波止場に降りると斜め左に木造2階建ての宿、右手の丘に小さな教会が見えます。
館内は部屋も廊下も木造で清潔な感じ。木の質感が嬉しいです。ロビー兼食堂から外を見ると、まさにWEBで見つけた写真と同じ光景が広がっていました。まるで海に浮かぶような露天プールと地球の丸さを実感できる湾曲した水平線を一望できます。
早速、露天プールに向かいます。高緯度のため、夏の日没は22時と遅く、時間はたっぷりあります。露天プールは二つあり、左手が長方形のメインプールです。無色透明の湯ですが、塩味と硫黄臭を感じます。湯温は40℃で、日本人にも満足できる温かさです。プールの深さは胸の高さ程度。縁に肘を載せて、行き交う船も少ない海を眺めながら、のんびりと浸かりました。右手の小さめのプールはやや浅めですが、湯温は変わりません。
平日のため、宿泊客はほとんどいませんでした。ホテルの食堂では夕食をとれますが、シーフードメインの定食が一種類だけ。この日は白身魚のクリーム煮でした。朝晩はけっこう気温が下がるのですが、露天のプールに浸かってはプールサイドに寝転ぶというのを繰り返しました。
朝食は宿泊料金に含まれており、同じく食堂でとります。西洋式のオーソドックスな朝食ですが、海と露天プールの眺めての食事は格別なものでした。
朝方の干潮時にはプールの周囲に岩場が広がります。海岸に降りると、温泉が自噴していて、湯気が立ち昇り、硫黄臭が漂っています。源泉を汲み上げるポンプもむき出しの状態で見ることができます。ジャンカウェ島を起点に、ボートでしか行けない2つの温泉を訪ね、再び宿に戻りました。次から次へと温泉を回る慌ただしい旅が多いので、海外の温泉宿に2連泊するのは珍しい経験です。天気により、時刻により表情を変える海を眺めての入浴はとても思い出深いものでした。
なお、ジャンカウェはスペイン語でLlancahuéと書きます。スペイン本国ではLLAのスペルはリャと発音しますが、南米ではジャと濁るとのこと。このため、スペイン表記ならリャンカウェ、チリのように南米での表記ならジャンカウェになると教わりました。