世界の絶景温泉

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A29 海外の温泉付きホテル⑫ エジプトのビル・ハルファ温泉

 今回はがらりと趣を変えて、エジプトの温泉付きホテルを紹介します。エジプトに温泉?と思われるかもしれませんが、実はたくさんの温泉が湧いています。拙著でも紹介しましたが、「水が必要で砂漠を掘ったら、水ではなく温泉が湧いてしまった」という場所がたくさんあるのです。水がほしかった人にとって、嬉しいのかどうかわかりませんが、「西方砂漠」にはそんな温泉が何十か所もあります。

 外務省の海外安全情報によると、エジプト東部を南北に貫くナイル川沿いのエリアは、国の基幹となる観光地なので、警察や軍が総力を挙げて治安を維持していて、安全レベルは1(十分注意して下さい=黄色)です。一方、ナイル川の西に広がる「西方砂漠」エリアは、反体制派の活動や隣国のリビア、スーダンの治安状況もあって、レベル2(不要不急の渡航は止めてください=薄いオレンジ色)です。絶えず危険というわけではないのですが、ごくまれにどこかで物騒な事件が起こるため、レベル2の状態がずっと続いています。コロナ禍の前のことですが、事前に現地と何度も連絡をとり、安全を確認した上で訪れてみました。

外務省海外安全情報「エジプト」より(2024.3.29確認) ※赤丸のバウーティは筆者が加筆した

 西方砂漠のバハレイアオアシスの中心地バウーティに、インターナショナル・ホットスプリング・ホテルという温泉宿があります。ドイツ人の夫とともに、日本人女性の島崎さんが1995年にオープンした宿で、日本語でのやりとりも可能です。島崎さんは西方砂漠をはじめエジプト全般のアレンジもしてくれるので、カイロからの往復も含め、一切をお願いしました。

 カイロからバウーティまでは車で片道4~5時間かかります。途中からはひたすら砂漠を進みます。最初は見慣れぬ光景に興奮しますが、すぐに慣れてしまい、あとは単調な道をひたすら進むだけです。ホテルはバウーティの北東に位置していて、住宅街を進んだ最奥にゲートがありました。

左:舗装はされているが西方砂漠内の道をひたすら進む
右:ホテルのシンプルなゲート
左:ホテルのエントランス
右:温泉プールを取り巻くように客室が並んでいる

 クリーム色を基調に、窓枠を青で塗装してアクセントをつけた建物は上品な造りです。正面のレセプションから右手のドアを抜けると、中央に円形の露天風呂がありました。周囲をぐるりと取り巻くように部屋が並ぶ面白い造りです。温泉は濃い赤褐色。湯温は日本人好みで40℃前後です。肩までどっぷりと浸かれる深さですが、洗い場はありません(部屋のシャワーを利用します)。日本人経営の宿らしく、壁には成分表が貼ってありました。ゲートの外にビル・ハルファBir Halfaと呼ばれる源泉がありますが、薄濁りでした。露天風呂の温泉は、源泉が注がれてから時間が経つことで酸化して赤褐色になっているようです。

 シンプルな造りの部屋には、電気ストーブが1つ置かれていました。エジプトというと灼熱の砂漠をイメージするかもしれませんが、1月はかなり寒いのです。ユニットバス式の洗面所の天井に湯沸しタンクがあり、温度が下がってくると、自動で加温する構造です。時折、湯を沸かし始める音が聞こえます。このため、部屋ではいつでも温かいシャワーが楽しめますが、使い続けていると、急に水に変わってしまいます。

 レストランは別棟にあり、予約時に依頼しておけば、夕食・朝食ともにとることができます。多客期にはビュッフェになるそうですが、このときは定食のようなスタイルでした。夕食は野菜中心のヘルシーなメニューです。

左:電気ストーブ一つで客室は十分温まる
右:朝食も野菜中心で肉類はない。アエーシというパンがつく

 宿に2泊して、周囲の温泉をじっくりと巡りました。西方砂漠の温泉マップを事前にWEBで見つけて調べてきたのですが、島崎さんに聞くと、元はホテルで作成したものとのこと。このため、ドライバーは温泉の位置をよく理解していて、迷わず次から次へと温泉を巡ることができました。イスラム圏のエジプトでは現地の女性が屋外で入浴するのはありえないそうです。一方、男性は写真が好きな人が多く、カメラを見せて撮りたいとジェスチャーで伝えると、ポーズをとってくれる人が多かったです。

左:なぜか前方後円墳のような形の浴槽が多い(アイン・ビシャモ温泉1)
右:このおじさんも、「どうだ、撮ってくれ」とポーズ(アイン・ビシャモ温泉2)
中には長方形の浴槽もあり、勢いよく温泉がかけ流されている(ホンマサ温泉)

一番よかったのはアインゴマ温泉。一面の砂漠ビューだった(拙著で詳しく紹介)

 バウーティから南のファラフラ・オアシスの間に20箇所以上の温泉がありますが、湯量が少なかったり、完全に農業用だったりするものもありました。ファラフラに向かう途中には、白砂漠と黒砂漠と呼ばれる観光スポットがあります。周辺の土色の砂漠とは異なり、白と黒を基調とした不思議な光景が広がるのですが、奇岩が点在し、天然の水晶を見学できる白砂漠の方が人気だそうです。

白砂漠にはマッシュルームのような岩が点在している
左:きれいな六角形の水晶は持ち去られてしまい、根っこだけが残っていた(白砂漠)
右:一部が黒いだけだが、周囲の砂漠とは色合いがはっきり違う黒砂漠

 夕食の際、島崎さんと話をしましたが、1995年のオープン以降、苦労の連続だったとのこと。1997年、イスラム原理主義過激派が有名な観光地のルクソールを襲撃し、日本人観光客を含む62名が死亡、85名が負傷という無差別殺傷テロ事件が起きました。しばらくの間、観光客は激減し、ようやく回復してきた2011年にはアラブの春と呼ばれる民主化革命で国が混乱し、再び観光客が激減したとのこと。私が訪れたのはコロナ禍の前でしたが、コロナ禍でみたび、観光客が激減し、大変だったのではないかと思います。温泉はもちろんですが、島崎さんとの会話がとても思い出に残る宿でした。

 砂漠の中に点在する温泉巡りは他の国では得られない体験です。日々変化する安全状況を確認の上、興味のある人はぜひ旅してみてください。