世界の絶景温泉

世界の見知らぬ温泉を探して旅しています

A1 入浴できない温泉

 世界の温泉を紹介するブログなのに、いきなり「入浴できない温泉」とは変ですが、海外と日本の温泉では「文化」も「習慣」も異なります。拙著の中でも、「入浴できない温泉」と題してコラムを書きましたが、スペースの関係で書き切れなかったので、少し補足します。

 

  日本で「温泉に行ってきた」といえば、「入浴してきた」と受け取って間違いありません。しかし、海外では諸々の事情で入浴できない温泉が非常に多くあります。私はこれまで1100を超える海外の温泉を訪ねてきましたが、振り返るとおそらく15%くらいは入浴できなかったのではないかと思います。

 

(1) 環境保護が優先される

 アメリカのイエローストーンやトルコのパムッカレでは、一部の場所を除いて入浴禁止です。人体に付着した菌や汚れ、化粧品などによる環境破壊を防ぐためとのこと。イエローストーンの公園内を移動していると、「この川はまさに適温だ」と心が騒いで、思わず服を脱ぎそうになりますが、我慢、我慢。森林警備員が巡回中で厳しく注意されますし、悪質な場合には罰則もあります。心を静めて眺めるしかありません。

(2) 宗教上の制約がある

 大地から湧く温泉は、古代の人々にとって畏敬の対象です。大切に保護されている聖地での入浴は厳禁です。また、厳格なイスラム教の国では、女性が人前で肌をさらすことはなく、男性用の浴場しかない施設も少なくありません。ヒンドゥー教徒の多いインドでも開放的な露天風呂は男性用で、女性用は壁で覆われた内湯だけというケースが目立ちます。

左:イエローストーン国立公園:広大な公園内に「適温」の川が次々現れる
右:インドのマニカラン温泉:大露天プールは男性用。女性用は室内にある

(3) 入浴する施設がない

 飲泉文化の発達したヨーロッパでは、飲泉場しかない温泉地も多くあります。一方、アジアや中東の暑い地域では、温泉は体を洗うためのかけ湯として使われます。立派な露天風呂があっても、いきなり浸かってはいけません。特に、誰もいないタイミングの時は入浴してよいのかどうか迷いますが、地元の人を探して確認したほうがよいでしょう。

(4) 不衛生で耐えられない

 日本の入浴習慣は世界共通ではありません。シャワーもカランも洗い場もなく、浴槽だけという温泉は世界中で見られます。日本ではどこの共同浴場でも当たり前のように洗い場がありますが、洗い場を作るには、多くの場合、動力を必要とします。動力など何もない浴場が世界の多数派ですので、浴槽内でシャンプーを使ったり歯磨きをしたりするのも珍しくありません。白濁した浴槽に、思わず「硫黄泉か?」と心がときめきますが、シャンプーとせっけんで白く濁っているのです。中には、ごみや浮遊物、はては汚物が漂っている温泉すらあります。いくら温泉バカでも入浴をためらいますし、うっかり口に含んで泉質を確認することもできません。

左:タイのプールンピー温泉。地元の人たちが掛け湯として利用する
右:グアテマラのグアカ温泉。超混雑の共同浴場はシャンプーで白濁

(5) 身の安全が保証されない

 当たり前ですが、温泉に浸かるときは服を脱ぎます。その際、財布やパスポートをどう管理するかは悩ましい問題です。いったんホテルにチェックインして、パスポートを貴重品保管庫などに預けられれば安心ですが、移動中ではそうもいきません。パスポートや貴重品を身体から離すのが危険に感じられるときは、服を脱いでの入浴を断念します。中東のある国で、山の中の温泉を訪ねた時のこと。外国人は珍しいらしく、「何をしに来たんだろう」と地元の人たちが付いてきてしまいました。山道を歩いて温泉に着いたときには、すでに30人超の村人を従えています。温泉はまさに適温でしたが、大勢のギャラリーの前で服を脱ぎ始めていいものやら、迷いに迷いました。みな、スマホを片手に何が起こるのか構えているのも気になります。けっきょく、手ですくって温泉の味を確認し、ちょっと足をつけて、満足そうに帰ることにしました。

(6) 何らかの理由で一時的に休止している

 落石や橋の崩落、豪雨災害、火山の噴火等で、温泉に立ち入れなくなることがあります。さらには、行ったらたまたま定休日だった、ボイラーが故障していたといった理由で入浴できないときは悲しいものです。写真はニュージーランドのタラウェラ温泉。同名の温泉がいくつかありますこれは北島のタウポの南の温泉です。滑りやすい崖の道を歩いて温泉に着いたら、源泉と浴槽を結ぶパイプが壊れていて、浴槽は空。脇を流れる源泉を触っただけですごすごと戻ることになりました。

左:ハワイ島のアハラヌイパーク温泉。絶景の露天だが、2017年の噴火で閉鎖
右:ニュージーランドのタラウェラ温泉。浴槽は空。奥の斜面源泉が流れる

(7) 高地では高山病に気をつけたい

 チベットや南米のアンデス山中では四千メートル以上の高地に温泉が湧いています。高地で体調が悪い時の入浴は命とりですし、高地に限らず慣れない海外で体調が優れない時は大事をとりましょう。「今はいらなければ、もう二度とここには来られないかもしれない」という気持ちと葛藤しますが、温泉は生命と天秤にかけるほど重要ではありません。

(8) 入湯数にこだわらない

 私自身、若い時は入湯数を増やすのを生きがいにする温泉バカの一人でした。浴槽がなければ、河原を掘ってビニールシートを敷いて即席の浴槽を作り入浴したこともあります。しかし、これは全裸で露天の温泉に入る「習慣」のある日本だから許される行為。海外ではトラブルになる可能性が大です。その土地の文化や慣習を尊重し、入浴できない場合は、飲泉や見学だけも楽しめる気持ちで旅する必要がありますね。