世界の絶景温泉

世界の見知らぬ温泉を探して旅しています

A34 浮遊体験ができる「死海」に流れ込む温泉(ヨルダン)

 

 筆者の新刊「さあ、海外旅行で温泉へ行こう 親切ガイド 世界の名湯50選」の中で、ヨルダンのマイン温泉(上の写真)を紹介しました。豪快なうたせ湯を楽しめる落差25メートルの湯滝で、聖書にも登場するほどの歴史ある温泉です。マイン温泉のコラム欄で、車で20分の距離にある「死海」に触れました。塩分濃度がとても高いため、体が浮かんでしまうことで世界的に有名な湖です。ヨルダンとイスラエルの国境ともなっている長さは南北60km,幅は東西15kmの細長い湖です。

 日本の温泉法では、25℃未満の冷泉であっても、一定量以上のミネラルを含めば、温泉と呼んでいいことになっています。ならば、海水の30倍以上という塩分濃度の死海は超一級の温泉です。今回は死海に関わる温泉の話題を紹介します。

 

 死海は、トルコからアカバ湾を経てタンザニアに至る大地溝帯(Great Rift Valley)上に位置しています。以前は山だった場所が大きく沈下したため、現在の湖面は海抜マイナス約420mで、世界一低い場所にある湖です。亜熱帯気候で温暖ですし、湖から水が流れ出す川はありません。このため、水分が蒸発してミネラル分が凝縮され、湖の塩分濃度が増すというわけです。

 以前はイスラエルとヨルダンが緊張状態にあり、死海周辺にはホテルも少なく、道路も整備されていませんでした。1994年にイスラエルとヨルダンとの平和条約が締結されて以降、開発が急速に進み、今では世界的なホテルチェーンが数多く建ち並んでいます。最近はイスラエルとハマスの戦闘のニュースを耳にしない日はありませんが、ヨルダン側は安定しているようです。

左:観光客向けの有料エリア「アンマンビーチ」の入り口
右:アンマンビーチと死海の様子。無料のビーチに比べると空いている

 世界有数の湯滝、マイン温泉を訪ねる際、死海にも立ち寄ろうと計画しましたが、文献を調べていて、とても気になる表現を見つけました。「死海がミネラル豊富なのは、周囲にいくつもの温泉があって、死海に流れ込んでいるためだ」というのです。これは探してみたくなりますが、得られる情報はきわめて限られていました。

 根気良く調べた結果、死海に流れ込む最大級の温泉はザルカ・マイン(Zarqa Ma’in)という川だとわかりました。死海沿いのアンマンビーチを南へ約10キロ。警察署の隣にあります。周囲に多くの車が停まっているので、温泉の場所はすぐにわかりました。看板にはアラビア語で、「警察の好意で無料開放されている」と書かれているようです。

 コンクリートブロックの壁の隙間から中に入ると、まさに流れる川がぬるめの温泉でした。大量の湯が上流から流れてきます。ところどころに岩を組んだシンプルな浴槽が作られていますが、入浴しているのはもっぱら子供たちです。上流に進むと、次第に湯温が上がり、大人の男性が入浴している場所に着きます。さらに上流には温泉の滝があると教えてくれたので、乾いた土の山を100メートルほど登ります。やがて猛烈な勢いで湯が湧きだしている場所に着きました。源泉温度は60℃前後です。左手の斜面を登ると、洞窟状の空間があり、ここでも湯が湧いていました。地元の人の話では、「10か所以上の源泉がある」ということでした。場所によって塩分濃度はまちまちで、ほとんど無味の場所もあります。

左:川の下流はぬるくて浅く子供向け
右:ここから突如、膨大な湯量の温泉が湧きだしている
左:右奥の洞窟内からも温泉が湧いている
右:死海に流れ込む温泉、ぬるま湯、水の川は他にいくつもある

 なお、子供は男女一緒に浸かっていますが、イスラム教徒の多いヨルダンでは、女性が人前で温泉に浸かることはないようで、大人は男性のみでした。ザルカ・マインの利用者の大半はヨルダン人のため、このようなことになるのですが、外国人の女性がTシャツ・短パン姿で入浴していることは時々ある(禁じられているわけではない)との話です。もちろん、新刊で紹介したマイン温泉や死海は国際的な観光地なので、女性の利用者もたくさんいます。

左:面白いくらいに体が浮かんでしまう
右:塩の結晶が固まっている場所がいくつもある

 死海に流れ込む川は他にもいくつかありましたが、ザルカ・マインほど大規模なものは見つかりませんでした。ザルカ・マインを堪能した後、死海のビーチで浮遊浴を楽しみました。死海の中へ足を進めると、確かに浮力は感じますが、歩けないほどではありません。ただ、浮かぼうとすると、自然に仰向けのスタイルになってしまいます。これが安定姿勢のようです。人生で体験したことのない、不思議な体験でした。また、湖岸の一部には塩が固まって、メノウの結晶のような形をしている場所があり、死海の濃厚さを実感できます。